M.nagaoka’s notes

~ よく生き、よく歌う ~

「痛み」の連鎖を断ち切る

一連のことは、自分への過剰な自己卑下が招いたことでもある。偏り。自分も、他人に対しても、そしてどんなメソッドや技法、思想に対しても、俯瞰した目を持って扱う。自分を下に置いた瞬間に歪みがもう起きてた。

あとその時々起きている「不快」や「感情」を見て見ぬふりしすぎ。感覚の鈍磨。

 

頭痛が酷くなりすぎてよく動けなくなってた頃、頻繁に起こる痛みをもろに感じて扱ってると、とてもじゃないけど仕事が回らなかった。だから感覚を麻痺させていった気がする。この話は色んなことと絡んでるけど、とりあえずその後、頭痛を軽減させていく過程で体に詳しくなっていくと、もっともっと前に痛みが発生する連鎖(体の使い方の癖、関連する思考の癖)を断ち切るタイミングがあると分かって来た。痛みをよーーく観察して、ぐるぐる連鎖する起こりに介入しようとすると、必然的に自分の感覚が戻ってきた(気がする)。それでも感情はまだやや置き去り。

 

なんのまとめも無いけど、とにかく私の行き過ぎた仕事中毒とか過剰適応とか基底欠損とか強迫とかHSPとかとかとかは、体を普通にちゃんと感じて感覚を戻していくこと(痛いもんは痛い+気持ち良いを知る)、あとここからもう少し、からだとセットになってる感情を観察することがヒントになるかも?と。

 

連鎖を断ち切る前にまずはじめにやったことって、(当たり前だけど)頭痛の痛みそのものの軽減なのよな。身動き取れないほどの激痛の中ではなんやかんやややこしいことはできん。そして、素直に人の力を借りること。

ある程度痛みが無い状態でないと何も見えない。これ心理面も一緒なのかもなぁ。