M.nagaoka’s notes

~ よく生き、よく歌う ~

宮崎先生×長岡、プレ対談。

2/10&2/15の宮崎先生との対談イベント( これ↓ )を前に!

www.m-nagaoka.net

 

ちょっと宮崎先生のところに寄って、おしゃべりしてきましたよー(*^^)v
面白かったので、2人のおしゃべりをどーんと公開!

半分しか書き起こしてないのに、7,000字を超えましたが(笑)
よければどうぞ!

 

※みやざき鍼・灸さん HP →
※長岡美幸プロフィール →

 

***

  

長岡(以下、長)「対談イベント前のプレトークということで、先生今日はよろしくお願いしま~す(^ ^)」

宮崎先生(以下、宮)「はい〜。よろしくお願いします~(^ ^)」

「先生、ここ(※阪神西宮 徒歩ちょっとで開業してどれくらいになるんですか?」

「9年、10年くらいかなぁ~?」

 

ー 受け身か、主体的か

 

「いきなりですけど、こんな患者さんはよくなっていきやすいなあとか、こういう患者さんって、難しいなあって、何かあるんですか?」

「うーん・・・。やっぱり、受け身な患者さんっていうのは、やりにくいなって思いますね。」

「あー。誰が主体になるか問題。」

「うん。」

「そのやりづらさって、何なんでしょうね。例えば、患者さんが依存してしまったとしても、お金はいっぱい払ってくれるし、受け身やなとは思うけどまあいっか、っていう治療家さんも世の中には沢山いらっしゃるわけじゃないですか。」

「うんうん、いますよね。えっとねーまず、目的がはっきりしてないことですよね。自分がどうなりたいのかとか、まあ皆そんなはっきりしてるわけじゃないけど、なんて言うんやろ…自分がどうなっていくのかってことに、あまり関心が無い人って言うんかなあ・・・」

「その感じでここに来る人って、どういう理由になるんですか?とりあえず痛いの取って、みたいな?」

「そうそう、とりあえず痛いんです、とか。…でもそれも、本人はあまり意識してないって言うんかな。痛いから来てても、どこが痛いとか、何がしんどいとか、どういう時に痛いとかあんまり意識してないというか。なんか知らんけど、痛い。なんか知らんけど、楽になりたい。それで、お任せしたいっていう…」

「『なんか、治して欲しい』。」

「うん。でも何を治してほしいかはっきりしない。結構多いんですよ、そういう人。」

「多いんですか!自分のからだに、主体的じゃない人。」

「多いですよ。だから初診の問診の時にそこらへんをちゃんと聞いていかないと、どっちに向かっていいか分からないというか。でまあ、最初はぼんやりしてた人も、こっちから投げかけて行くと、だんだん、自分のイメージがはっきりしてくる人、だんだん主体的になっていく人もいる。そういう人は良いんですね。でも、そうじゃない人がいるんですよね。」

「あー。」

「『ん~色々聞かれても…よう分からん。とりあえずなんか、しんどいねん。』」

「『頼むわ~』(笑)」

「そうそう(笑)」

「自分の”生きる”主導権をちょっと明け渡しちゃう、みたいな?」

「どうなんやろなぁ。なんか…どっからどこまでも受け身、みたいな。」

「これって年齢とか性別とか、傾向あるんですか?元気が無い人とか?」

「いや、男性の年配の人に多かったりするかなぁ。体力はあって。」

「そうなんやー。私が普段あんまり接しない層の人たち。それってなんでなんですかね?」

「これはちょっと僕なりに思ってるところがあって、やっぱりその、男のジェンダーっていうのか、上げ膳据え膳で…」

「あ~。『頼んだよ!なんか俺、しんどいねん!』」

「そうそう(笑) 上げ膳据え膳で育てられてきた習い性なんかなぁ…っていうね。」

「そっか~。」

「『よろしく~』みたいな(笑)」

「あー(笑) 私の心理学講座とかでも似たことってまぁあって。目的のはっきりしないこと自体はよくあることなんで、スタートとしては別に良いんですけど、ただ、そこに対して全面的に受け身だと、『なんか心がしんどい。何が知りたいか分からないけど、楽になりたい。』『で、長岡さん、どうして私これを学ぶ必要があるんでしょうか?』って(笑)」

「うんうん。」

「そういう人って、『なんかしんどい。』からすごく抜けにくいな~って。」

「そうやね。そこでこう、探究心って言うんかな。自分のどこが、どんなふうにしんどいのかを掘り下げる力があったらだんだん主体的になるんやろうけど…。こう…掘り下げるのもめんどい、っていうね(笑)

「(笑) こういう人って体の痛み自体は取れにくいとかってことは、別にないんですか?」

「そこは人によりますね、体力あったり若かったりしたら、ぱっと痛み自体は取れて、『じゃ、また機会があったら来ますわ!さいなら!』みたいなこともあるしね。」

「あー。でもそれ自体は悪いことじゃないですもんね。多分、先生の中で、治療の中のやりがいというか、それをどこに置いてるか?に関わってそうですね。」

「あー、なんか、治ったとしても、面白くないというか(笑)」

「面白くない(笑)」

「うん。」

「先生のやりがいは”俺がやったった”、じゃない、ってことですね。」

「たぶんそうですね~。うんうんうん。」

「これは人間・宮崎裕正という方を大変よく表している話な気がしますね~(笑)」

「そうなんですかね~。」

「はい(笑) だって、痛み取れて初診10,000円、ありがとうさよなら~!でも別にいいわけじゃないですか。」

「んー、まあいいですけど・・・しんどいなって(笑)」

「ですよね(笑) 本人がこう…治っていくというか、”生きていく力”みたいなところに関わるというか…」

「あーそうそう。相手に何も渡してない感じが…するって言うんかな。」

「本質的じゃないなと。」

 

ー 暴走しない。

 

「聞きたいことはたーくさんあるんですけど。普段、先生が患者さんと向き合う時に大事にしてることって、何ですか?」

「なんやろなぁ・・・。やっぱりこっちが暴走しないってことですかね。」

「暴走って、例えば?」

「やっぱりある程度経験積んでくると、患者さんの話を聞いていて『あ、それってそういうことでしょ?』って、切りたくなっちゃう時があるんですよ。」

「筋道が見えちゃう、みたいな。」

「そうそう。先取りしちゃうっていうか。でもそれって、レールに乗せちゃうみたいな感じがあって。」

「本人の掘り下げを奪う感じがするんじゃないですかね?」

「そうかもしれないですね。」

「患者目線でも、『あ、先生いま待ってくれてるな。』って思うこと、すごくあります、問診の時とか。」

「あー。そうかもしれないですね。」

「(心理)カウンセリングの場面でも傾聴の大切さはあまりに当然のことですけれど、宮崎先生の問診の時間って、先生に「からだの話」を聞いてもらいながら、本人の内観をその時その場で起こしている、っていう印象がとてもあります。」

「あー。意識はあんまりしてないかもしれないです。」

「ほとんどの人が、自分の『本当の目的』って分からないじゃないですか。『自分のからだが、生活が、具体的にこんなふうになったら自分は満足です!』って、明確には分からない。それを、先生に問診してもらっている間に、ここで考えられる、ここで掘り下げて内観ができる、っていうことは、とても感じながら通っていますね。」

「あー、問診自体が治療的である必要がある、ということは、とても意識してますね。うん。」

 

ー 鍼を、特別視しない。

 

「他に何かありますか?大事にしていること。」

「うーん・・・。いや、暴走さえしなかったら、だいたいうまくいってるんちゃうかな(笑)」

「そうなんだ、じゃあやっぱり、先生がやりすぎない、ということにすごく意識的である、ということですね。本人の主体性。」

「そうですね~。」

「一般的な感覚では、鍼治療に行ったら、”痛みをとってもらう”というイメージも強いんじゃないかな?と思うんですけど、そこだけじゃないですもんね。先生のやっていることって。」

「どうなんやろ。これって普通じゃないんかな?(笑)」

「私個人は別として(笑)、一般的かと聞かれると、どうなんでしょうね(笑) むしろそこが宮崎先生の個性というか、みやざき鍼灸さんらしさだと思うんですよ。 例えば私は鍼灸好きなんで、他にもいくつも鍼灸院に行ったことありますけど、どの先生方も最終的に鍼を刺す、っていう着地点は同じでも、プロセスがお一人お一人、全然違うじゃないですか。当然。」

「うん。」

「なんて言うんでしょうね・・・、当たり前ですけど、たいてい、鍼灸師さんがどこに鍼をさすか?を決めるために問診をされてる、っていう印象の方が大きいんですよね。いや何回も言いますけど、当たり前なんでしょうけど、それ(笑)」

「うん、うん。」

「でもなんとなく宮崎先生の場合は、そうじゃない気がする(笑)」

「うん(笑) …なんかそれは、そうかもしれないですね(笑)」

「なんか…そうですよね(笑) 結果的に鍼やお灸、整体の施術をするっていう意味では着地点は同じなんですけど、宮崎先生の場合はその前がメインな感じがする。…あれって、何してるんですかね?(笑)」

「何してるんやろね(笑)そう言われると、自分でも何なのかは分からない(笑)」

「あはは(笑) 私がたくさんの患者さんをここに紹介するのって、『あれあれ!あれ体験しに来て!あれ、楽しいよ!』って感じなんですよね(笑)」

「あー(笑) まあたぶん、鍼を刺すっていうこと自体を、あんまり特別視してないんですよね。」

「あ、それそれ。鍼灸師さんなのに鍼を特別視してない。それ感じますね。」

「なんて言うんかな…それまでのプロセスが色々あって、そのプロセスの中でたまたま道具として鍼が出てくるだけで、鍼である必要は無い、っていうのが僕の考えですね。」

「だって施術に来ても鍼刺さない時ありますもんね。」

「そうそう。」

「先生のこのプロセス全体、問診してもらって、鍼を刺したり刺さなかったり整体だったり、あとおうちでできるセルフケアを教えてもらう、という所までを含めての流れがあるから、本人が本人の力で治っていく、ということが起きるんだと思うんですよね。」

「そうやと思いますね。なんて言うんやろう、その人の中に筋道をつくってあげるって言うんかな。」

「あぁ~~~、うんうんうん。」

「うんうん。できるだけ、それが良いんやろうなぁって。」

「図に書くとこんな感じ・・・」

 

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「わー、これこれ!ああ~分かった、だからだ。私ね、このセルフケアまで含めた”ぐるぐる”が大事なんだよ、って明確に言ってくださるから「みやざき式」が好きなんですよね。」

「あー。」

「これは鍼や整体、体の面に限ったことではなくて、例えば今朝も心理カウンセリングを受けに行ってたんですけど、心の面でもそうで、『なるほど!じゃあ今ここで起きたことを自分でもやれるようになるにはどうしたら良いですか?』ってカウンセラーさんに聞くと、『いや、これは専門的な技術が必要。1人ではできません。だから困ったらまた来てください。』って言われたりするんですよね。」

「あー。」

「専門技術でしかできないことがあるなんて当然のことで、私も提供者側ですしそんなことは分かっていて。そうじゃなくて、良くなる、というサイクル自体を相手に明け渡してしまうような気がして、それ、嫌なんです(笑) 自分でやりたい。だから、日常生活の流れをよく循環させるという視点なしに、良くなっていくというプロセスを点でしか共有できないよりは、ぐるぐる、全体性を共有できている感じが、嬉しいというか。だってさっきの図の1サイクルを、ぐるんぐるん回していって、全体的によくなっていくわけじゃないですか。人って。」

「そうそうそうそう。その通りその通り。」

「これって本質的なことですよね。心の学びでもすごく大事なところだし自分の講座でもよくこういう話をするので、だから学び仲間さん達も宮崎先生のところが合うだろうな~と思ってたくさんご紹介するんです(笑)」 

「なるほどね~。」

「まあ、タイプ的に、全体性の共有はいらん、痛みだけ取って欲しい!すぐに分かりやすい成果を出して欲しい!という方も一定の割合でいらっしゃいますからね。そういう方は先生のところは合わないと思う(笑)」

「あー(笑)まあ、そういう切り方をするとそうとも言えますね~。」

 

ー 筋道をつくる、お仕事。

 

「うん、話してみてやっぱり、先生はただ鍼をさしているんじゃなくて、この”ぐるぐる”という筋道をつくる、っていうことをしてるんですね。」

「そういうことですね。けっこう頑張ってると思います(笑) 」

「うんうん。いや~、いいですね~、みやざき鍼・灸(笑)」

「鍼をするとか灸をする、整体をするっていうのは、なんて言うんかな。治してるって言うよりは、相手のからだのことを教えているっていうんかな。」

「教えてる?」

「本人に、ほらここにこんなもんがありますよ、とか、こんなことになってますよ、ほらこれ取れたら楽でしょ?とか。」

「あーーー」

「だから、目印をつけてる、みたいな感じなんですよ。まあ言うたら。だから家帰った時に、じゃああの目印に向かってやれば良いんだ、とか。」

「軽いってこういう感じだよ、とか、鍼さした後の今のこの感じの方がらくでしょ、とか?」

「うんうん。」

「こっちに、"ぐるぐる"して行くんだよ、みたいな。」

「そう、そういうことですね。」

「方向性、みたいな?」

「うん、誘導してるんですね。このへんですよーって。」

「問診の後で、施術に入る前によくその方向性の話をしてくださってますもんね。あとセルフケアの練習とか。あと、体の仕組みを教えてもらったり。」

「うんうん。」

「だから私が絶不調で死にそうな体調の時は、この問診後のいろいろはショートカットしますもんね。今日お任せでーって。」

「そうそう、受け身っぽい感じになる。その通りです、よく分かってますねー(笑)」

「そうでしょ?(笑)」

「恐ろしい患者さんやなぁー(笑)そんなことまで理解してる患者さんはなかなかいないと思います(笑)」

「あははは(笑) はい、変人なんでわたし。「ハリトヒト。」って鍼灸師さんのサイトふつうに読んでるような人なんで(笑)」

「そうなんや(笑) 鍼灸師の人が鍼灸師に向けてかいてるインタビューとかやのに(笑)」

「こまかい東洋医学用語とか経絡とかはぶっちゃけ意味わかってないんですけど、『何をやっているか?』が皆違うから、その個性というか、その治療というか、それに興味がある。」

「ああ。そういう意味では、鍼とかお灸とか整体とか一つ一つに関しては、それだけでめっちゃ効果があるとは実は思ってないんですよ(笑)実はね。」

「重きを置いてない感はとても感じます(笑) どっちかというと、筋道をつくることが先生のお仕事ですよね?鍼灸師の、というより、そっちの専門家の宮崎先生っていうイメージ。」

「ああ、そうかもしれないですね。」

「うん。」

「でもまぁ、昔の人が、こういうこと(鍼とか灸とか)を開発してきた中で、そういったこと(筋道をつくるということ)を見つけてきたんやなと。そっちが本質やから、鍼を刺すとかお灸をするとか、整体をしてあげるっていうことはまぁ、どっちかというとサイド的な扱いになるわけですね、僕の中で。」

「ああー。なんかその、先生の鍼にこだわりませんよ、っていうスタンスって患者側としてはちょっと安心感もある。問診の時に、宮崎先生にはもうからだに少しでも関係のあることなら、何をしゃべっても大丈夫!っていう安心感、すごいんですよね(笑) あるあるでしょうけど、患者側で調整かけちゃうんですよね。この先生にはこの話はしちゃだめかな?って。宮崎先生にはそれがほぼ起こらない(笑) 」

「あー、うんうん。」

「最近の私のトピックで言うと、ここに来て、ドライアイのつらさなんて相談していいのかなって(笑)、最初の頃なら私も思ったと思うんですけど、先生ならなんでも面白がって興味持って聞いてくださるじゃないですか(笑)」

「笑」

「この安心感を得て、通ってる患者さん多い気がしますけどね。問診でなんでも聞ける、なんでも喋れる、先生なら何か新しいぐるぐるを提示してくれるかもしれないって。」

「あ、たぶん、そこが面白いとこですね。僕がこの”ぐるぐる”の中で介入してくるわけじゃないですか。それで、僕の知らなったことがこの問診のところで出てくる。それが面白いわけです、まあ言うたらね。」

「あー。先生自身の楽しみにもなってる(笑)  」

「帰ってくる。何かが。」

「変化とか何かを教えてくれることが楽しいって普段もおっしゃってますもんね。やりがいのところだ。」

「うん。」

「人間が健康に生きていく、その筋道の中で、先生自身も何か発見があって・・・、っていう”ぐるぐる”が楽しいんでしょうね。患者さんが"ぐるぐる"していて、先生自身も"ぐるぐる"していて…」

「あそうそう、で僕の場合は、色んな患者さんに”ぐるぐる”してもらってるから、大きな"ぐるぐる"がこう、上にあがっていって・・・」

 

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「こういう感じですね?」

「そうそう。それが楽しいですね。」

「患者さんはこの中で体が良くなっていって、先生はこの中で『なるほど!』がたくさんあって楽しいと(笑) 」

「そうそう。僕は上に上にって感じですね。」

「アハ体験的なことの連なりで、上昇するイメージ。ちなみに、私の場合はこの”ぐるぐる”が一点集中していく感じが身体的に"快"ですね(笑) 体癖的に(笑)」

 

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「それもすごいですねえ(笑) そんなことできんねや、って気もしないでもないけど、なんか分かる気もします。」

「わたしの場合はこの"ぐるぐる"を施術じゃなくて講義とか対話で相手側に引き起こしてるんだろうなと。」

「ああー。」

「心の色眼鏡をかけかえてもらうというか。人は主観から完全に出る、色眼鏡を完全に取る、ということはできないので。かけかえてもらう。」

「なるほどね~。」





(…プレトークはこの後もしばし楽しく続きましたとさ^^)

 

2020.1.31 於:「みやざき鍼・灸」院内

 

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当日もこんなノリでた~っぷり喋ります♪
宮崎先生の突っ込んだ話、引き出しますよー(^ ^)/

 

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