2020-05-20 (memo)生きることそのものへの恐怖から着地した安堵とは 人間探究 考え事 これはとても個人的な感情経験で、汎用性あるよとか誰かにこうしたらいいよというものでは全くないのですけれど、生きる意味が分からず生きることが恐怖でしかなかった私がようやく辿り着いたのは、「いのちの側には、何の『意味』も無い」ということが「ただ分かる」という所だったのですよね。— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日 そうすると、まるで初めて、本当に初めて、ふーっと深く息を「吐けた」感じがして、そこから、喉から手が出るほど欲しかった「安心」を知覚できるようになった。そういう順番。自分で息を詰めて自分で思い込みを握りしめてる。ゆるめると死んでしまう気がしていたけど、逆だった。死なねーし(笑)— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日 んーでもまだうまく言語化できない。死なねーし、って書いたけど別に死ぬのが怖かったんじゃないもんな。逆なのよ。生きるのが怖い、なのよなぁ。むつかしーね!感覚体験の言語化。— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日 あぁ、「いのち」へのおそれ。かな。近づいた。生まれる前と死んだあと含めたその全体性の意味不明さが怖かったのです。。もちろん人間に限らず全ての、いのち。そしたら意味なんか無かった、っていう。。そしてそれが何でか腑に落ちて初めてどーんと腰をおろせた感じ、そこ(ここ)に。。うぅ https://t.co/1IeuRidM1M— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日 意味が欲しかった。納得したかった。なんで?頼んでもないのに痛みのある世界に生まれ落ちた??助けて、痛いの嫌や怖い!!誰か教えて、、!!!これが私が35年握りしめてきたもの。叫び。あー慣れ親しんだ古傷が痛む(笑)— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日 そーなんよ。誰も頼んでないのよ(笑)うはは(笑)だから、その上で、好きに考えたら良いし、好きに決めて良いし、好きに生きたら良いのだな。陳腐なんだけどねぇ。こうして言葉を並べると。ここまで随分と長い時間かかりました。痛めつけてたのも自分、痛がって怖がってたのも自分。あー笑— 長岡 美幸@心の癖・体の癖 (@nagao22) 2020年5月20日