M.nagaoka’s notes

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Q.「終わらせ方」が上手な人って? - 終わりを“終わり”にしない人達。

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「もし個人セッションや講義等の場でこんな質問があったら、どう答える?」を綴ってみるシリーズ。今回は、「美しき終焉のデザイン」についてです😆

さて、読み手の貴方には今何か、終わらせたいプロジェクト・見切りをつけたい関係・距離を置きたい物事など、あったりするでしょうか?

■なぜ「終わり」は難しくなりがちなのか?

事業の立ち上げやメンバーが増え関係性が生まれる時など、何かの「始まり」の際は熱量さえあればスムーズだったことも、それらを「終える」時って、始める時以上に多くの判断処理がつきものですよね。終止符を打つためには知性責任感など色々なリソースの投下が必要だと言えますし、そういったリソースの投下が不足した、あまりよろしくない終わり方をした場合、

・後味が悪い
・怒りや後悔など不快感情に苛まれる
・悪いことばかりではなかったはずなのに、意味付けや価値づけができない
・次へプロジェクトや人生の次のフェーズへの移行の妨げになる
・信頼関係の破壊

など、色々な不具合や軋轢も生まれやすい。こういったことは数十年生きて来た人であれば、誰しも経験則的に感じるところでしょう。(※もちろん「始めること」の方を極端に恐れる人もいますが、そういう人は「終えること」もまた苦手なケースが多いです。)

■まずは、上手ではない人(時)の特徴を考えてみる!

上手な人は?の問いに答える前に、あえて、逆バージョンの(上手じゃない/下手な)人、またはそうなっている時の特徴をタイプ別で考えてみました。

■特徴①:終わり方が極端!自己中心型。
普段から行き当たりばったりで先を見通さず、刹那的な傾向の強い人は、本人の中で突如「終わり」が到来しがち。この手の思考の型を持つ人は、「他者配慮」の経験値や「先読み」シミュレーション力が不足していることが多いため、結果的に「独断的」で「先走りがち」「説明不足」となり、「周囲を振り回す」傾向が強いかもしれません。
本人は無自覚なケースがほとんどなので、「ああ、周りにそういう人いる!」という感想のほうが多いかもしれませんし、私自身も、無自覚にこうなっている時もあるのかもしれないよなと、省みながら書いています。

■特徴②:終わり方が曖昧…。責任回避型。
終わりの意味やその影響に無頓着なタイプも居ますよね。はっきり区切ることをあえて避けたがる価値観の人もいます。いずれも区切りが曖昧で、惰性で”なんとなく”物事からフェードアウトすることが癖になっており、人間関係上も自然消滅の傾向が強い人。背景には「責任を回避したい」という動機があることが多く、物事を深く振り返りませんので、結果的にやはり「独りよがり」で「周囲を振り回す」傾向に。目立ったトラブル発展の可能性は①の方が高いようにも見えますが、②もまたじわじわと信頼関係を崩壊させ、深刻なダメージを生むことも多い。いずれにせよ、このタイプも「終わらせ方が上手な人」ではありませんね。
ちなみに私個人は白黒はっきりさせたがる気質が強いので、②の傾向はあまり無いです。

■特徴③:配慮過多でカオス!決断遅延型。
長く続けることを良しとしたり、あるいはその物事に執着している時、人は終わりを無意識に避けます。この手の傾向があるケースで自他境界が曖昧な場合、①②とは逆に他者を配慮し過ぎたり、良くない事態をシミュレーションし過ぎたりして判断力が鈍ります。目先の課題解決に躍起になることで一見前向きに見えたりもしますが、多角的な視点を欠いて、事なかれ主義に陥っているケースも多いように思います。結果、「周囲を巻き込み」、「決断遅延」や「事態の複雑化」を招く。つまり事業や関係性の終わり時の見極めが苦手と言えますので、やはり”よい終わり”の方にリソースは割けません。
私自身、うまく行かないケースは③のパターンが多い(ので、③タイプの人にとても詳しい笑)です。

あえてまとめて言うなれば、終わり方が上手ではない人/下手になってしまっている時は必ず、

・空間的視野の不足(誰にどんな影響が出るか)
・時間的視野の歪み(短すぎ/長すぎ)

があります。終えるための判断視点が、狭いか、固定化してしまっているんですね。

■”終わらせ方”が上手な人って?

では、ここまでを踏まえて、本題の「終わらせ方が上手な人」の特徴を考えてみます。

⭐特徴①:「終わり=始まり」だと知っている👀
終わらせ方が上手な人は、終えることを悪いことだと決めつけたり、終わると何もかも無になるなどと考えたりはしません。この世は諸行無常、「終わりは必ず来るものだ」と静かに理解しているか、少なくとも終えることを過剰に特別視していません。また、次なる新たな価値を生むにはリソースを空ける必要があること、目の前の事象を適切に未来へと接続し循環させていくことの重要性を理解していますから、「終わりとは、何かの始まりである」ことを、仕事や日常の中で腹落ちし体現しているように見えます。

⭐特徴②:広い視野×様々な時間軸で考えられる🧠
終わりを始まりにも捉えられる人は、「色々な立場から考えるてみると?/長期的に、中期的に、短期的に、どんな影響がある?/未来視点では?過去視点では?今ここを意識すると?」…など、柔軟な視野や時間軸で物事を捉え、利害関係者や事業・社会の単位など様々な観点からシミュレーションを行います。結果的に、自分なりの納得感にとどまらず、他者の納得感も尊重できることが多いですし、視点が柔軟な人ほど自らの視点の限界を客観視できますから、外部専門家など他者視点を取り入れる姿勢も併せ持つことが多いです。

⭐特徴③:言葉を尽くし、行動できる🏃
ビジネスや活動面での「終わり」は、自分一人で完結しないことがほとんどです。終わりを始まりに変えようと柔軟に知性を働かせられる人は、その「終わり」に対する意味付けや、終える理由、新たな取り組みへの接続といった内なる納得解を言語化し、外へと伝える努力をするでしょう。それは結果的に、「関わる人と共に、終わりに向かう」ことにも繋がり、多くの場合、まさに新たな事象や価値の芽生えを生んでいるように思います。

補足的に思考面のコツを一点お話ししておくと、私がクライアントさんや仲間達の「終わり」に関する何らかの思考を伴走する際は、「終了」という言葉をあえて「完了」に置き換えることが多いです。

■「終了」:続いていたものが終わる。途絶える。
■「完了」:満たされ、完結した状態。

といった言葉の意味や背景から、多くの人が「終了」を「点、または静的」に、「完了」を「線や面、または動的」に捉えやすいためです。言葉が思考フレームを規定しますから、“断絶”のイメージを持ちやすい「終了」を“積み上げの結果”という含意を持つ「完了」に言い換えるだけで、「終わりは、プロセスでもある」という前提で、創造的に思考を働かせることが可能になります。

「終了」を単なる「終着点」としか思えない時、思考や行動はそこでストップしてしまいます。そうせざるを得ない時もあるかもしれませんが、もし「より良い終わり」を望む際は、目の前の終わらせたい物事の終焉を、本来の、又は次の目標に向けた「通過点(プロセス)」として丁寧に関わることを意図してみてはいかがでしょうか。以上、頭の使い方の参考に。

まとめると、私の考える「終わらせ方が上手な人」は、

終わりを通過点と捉え、多視点で考え、共に完了に向け働きかけられる人。

です。質問への回答、いかがだったでしょうか。

終わらせ方に正解や絶対はありませんし、実際、ビジネスや活動上は大変なことも多いでしょう。だからこそ精一杯、脳に汗をかいて考え抜くチャンスですし、そこにクリエイティビティを発揮できることは、とても成熟した態度であるように感じます。

なお、具体的に思考を運ぶ際は、自分が「何を大切にしたいか?」「どんな関わりが美しいと感じるか?」といった信念や価値体系・美意識を羅針盤にすると良いですよ。

Q.今、終わらせたい/次に向かいたい物事や関係性がどんなふうに完了できれば、少し先のあなたが「良い通過点だったな!」「美しく終われたな。」と、思えそうでしょう?

良ければぜひ考えてみてくださいね。

このコラムが思考の深まりのきっかけになれば幸いです。(おわり)

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*このコラムは、ここ数年の自分自身の「飽和感」「頭打ち感」を脱したいがために、好みのスタイル(個の問いに答える)に終始するでもなく、かと言ってハウツー的に道具化するでもなく、「一つの問いに応答し、語る」ことに挑戦しようと綴り始めたコラムです。

お読みになって理解に苦しむ部分やご指摘などありましたら、ぜひコメントをお寄せください^ ^

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