M.nagaoka’s notes

~ よく生き、よく歌う ~

”待つ”感覚から想うこと

先週で今期担当していた大学の授業が終わり、昨日で1ヶ月毎週行っていた治療院のスタッフさん向け研修も終わり。

11月はわりと、10代20代の子達向けの先生業が多かった1ヶ月でした^ ^

学生達や、若い世代と向き合っていると、自分自身が彼らに対してどういう在り方をしているか?から気づかされることって沢山ある。

端的に言うと、私の場合は
彼らに対しては”待てる”んですよね。

自分自身がもっと精神的にも幼かった頃、例えば20代前半の頃に1つ2つ下の子達をOJTで育てないといけなかった時なんかは、「どうして去年私ができたことを、できないんだろう!?」みたいに思ってしまったりとか^ ^;
これどこでも話してますけど、いやもーほんと、怖い先輩だったと思う(笑)あの頃の私みたいのが自分の上司やったらほんまに嫌やわーw 力不足はなはだしい20代でした(笑)


で、自分が年を取ってきた、中堅世代になってきたという意味で当然っちゃ当然なんですけど、学びや成長って強いるものじゃないから、”待てる”し、今できること寄り添えるところを探して、手渡せる時は手渡し、そうして彼らが後から勝手に花開いてゆくことを信頼できるというか。

でも実際は、学校現場や教育現場で、大人側が

今どきの子はあーだ
最近の子はこーだ

と、一括りに揶揄するようなシーンって腐るほどありふれていて。

(いや実際そりゃありますよ、世代差って。
 あって当然ですやんね、
 でもそれ作ったの誰よ?
 むしろ私たちじゃね???っていう。)

自分達がこれをできたのに、どうしてこれができないんだ!?と、強く”指導”に当たってしまったり、自分達の何か是として巻き込んで取り込んでしまいたくなる時、つまり待てない時って、

自分自身の力を誤認していたり
彼ら彼女らの現在地をまっすぐ捉えられていなかったり
どこにでも伸びてゆける可能性を見ていなかったり。

(※もちろん、言わないといけないことを言う必要がある時は言うけど。枝葉の話じゃなくて、これはその前提の態度の話。)


そうすると、年齢という枠組みを外して
ふと、人との関わり合い方、として見て見ると
ああ、大人向けのこの講座の時は
ちょっとこちらに焦りがあったんだなぁとか、
それって驕りだなかとか。
待つ、が発動している時の自分って
広いスペースにいる感覚だなぁ、
自分にとって心地良い関わり合いだなぁ、とか。
そうして、
自分自身の方にフィードバックを起こせたりする。

こういう思索って、気づけば幅広い世代の人と学びの場をご一緒していることの醍醐味の一つ^ ^

生きるって、自分に気づき続けることですねぇ!

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