その表現、ぴったり来てる?? - 表すことと現れてしまっていること 【声ブログ】(6:21)
↑↑この文章の元のおしゃべり。聴いてみてねー!
昨日はある大学の学生達のエントリーシートの添削をば。(対面・少人数、一番好きな&やりがいあるやつ~(^^)/)
オトナな皆様におかれましても(笑)、今の就活ではエントリーシートや面接で自己PRや学生時代に力を入れたこと(←ガクチカと略される笑)、志望動機などを伝えて、いわゆる人柄を中心に評価されて採用されて…というイメージはあるかなと思うのですけれど。
制度や文化の是非は一旦置いておいて、私がここで学生達に伝えていることって、根本的には大人向けの講座で言うてることと同じだなぁと思っていて。
今って、例えば自己PRの例文とかって、ググればすぐ見れるんですよね。テクニックだって、Youtubeに沢山転がっている。
大人だってそうですよね。ビジネスノウハウ、生き方や、、参考例って簡単に見つかる。
で、誰かの真似をしただけの表現なのか(※真似自体は悪いことではないですね。人は真似て学んで生きてゆきますゆえ。)、一度、自分の中に取り込んでぐるぐるした、所謂”自分の言葉”で語られたものか?って、とっても大事。
上滑りの他人のパクりかどうかなんて、これだけ人を観ることをし続けている立場からすると、ちょっと話を聞いたらそりゃもう、すぐに分かる。(まぁ…面接官でもこういうの分からずやってる人いっぱいいるとは思いますけどねー・・・)
んで、これって、表面的な「何て言ってるか(何て書いてるか)」じゃないんですよね。
ぴったり、一致感があるか?
外側の正解とじゃなく。
本人の中で、一致しているか。
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これは学生の自己PRだけじゃやっぱりなくて、私たちが自己表現をしていく場面、例えば
・メールを送る
・メッセージを伝える
・歌を歌う
・絵を描く
・ただただ聞いている
・そこに居る…
自分の在り方をただただ体現して表現して、いる。
その「現わしているもの」1つ1つが、その人の”感じ”「現れてしまっているもの」とズレが無いか?一致感があるか?嘘ついてないか?無理をしていないか…?etc。
これ、採用されるかとか、他者から評価されるかとか、そういうことではなくて、本人にとって、とてもとてもとーてーもー。大事なこと。と思ってる。
例え他者を真似て演じている部分があっても、そうありたい!と演じている人は、それは”気持ちよさ”として伝わってくる。その、自分との、一致感。
外側にあるものを切って貼って出す、って、本人が一番不安になるし、気持ち悪いんですよね。
一度、自分の内側に深く深く潜って、「ここは『大切だ』って書くべきかな…?いや、、、『大事だなと感じた』かな…!」みたいな。
こういう一つ一つを丁寧に積み重ねていくことって、就活の範疇だけでは全くもってなく、”生きて行く”という文脈において、コアで外せない重要事項。かなと。
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学生達には、文章表現や就活テクニックももちろん伝えるけれど、
「ここ、あんまり考えずに書いたよね?笑。ほんとはこういうことを書きたいんじゃない?」など伝えると、「えー!なんで分かったんですか(笑) 実はね…」と、自らを語り出してくれる。
するすると、開いてゆく^ ^
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自分の「表現していること」と、
意図せず「現れてしまっていること」との一致感。
ぜひ目線を向けてみてくださいーー♪