M.nagaoka’s notes

~ よく生き、よく歌う ~

名越心理学はじめ - ③人と学び合うということ (完)

前回、私が「心の勉強をしよう、名越先生のおっしゃっていることを少しでも掴みたい」と思うに至った、史上最も不安定だった時期について書きました。

www.m-nagaoka.net

 …おずおずとUPしたところ、予想外にとてもたくさんの方からアクセスやお言葉がけを頂きました_(._.)_💦✨
(実はコレ、こんなの書いても誰が読みたかろう~。。でもこれ抜きに今のわたしも先生の教えとの出会いも無いしな~・・。などなど、ウロウロ,ぐずぐず(笑)して、更新まで3か月もかかったのでした笑。メッセージ等くださった皆さまありがとうございました!そして、その次をUPするのに4か月かかっているという笑。この「はじめ」シリーズ、この記事で完結でーす!)

さて2013年、「心の1年生」を自認した長岡さんは、生来の「スイッチが入ればとことん、猛烈にやる」性格を大いに発揮し、名越康文先生のメルマガは1号から、発刊されているご著書は世に出ているもの全て、片っ端から貪るように読み尽くしてゆきました(※体癖学徒みなさま、これぞ9種体癖のなせる業ですよね。笑)

そのメルマガの中で、今や私のライフワークの1つになった「体癖論」と出会います。体癖論とは、平たく言えば「体と心の癖」のことで、名越先生はそれを性格タイプ論として、そして心理学として、教えておられます。

メルマガを読み漁ったわたしは、

こ・・・これは凄いものと出会ってしまった!!
も、もっと、知りたい!!

と、楽しくて仕方なくなり(これ大切ですね)、居てもたってもおられず…
当時、対面の連続講座が関西では開講されていなかったため、福岡の「名越康文塾」へ、なんと1年間、通い詰めました(笑)

…今でこそ、学びやインプットに対するハードルが低いというか、気軽になっていますし、そこへの(誰の話を、いつ、どのようにして取り入れるか?何に時間とお金をかけるか?に関しての)自分のアンテナと判断軸をかなり”信頼”していますけど、当時は、対面で・それも結構なお金をかけて勉強をしに行くということに、なんだか清水の舞台から飛び降りるような決死の覚悟だったことを覚えています^^


・仕事、忙しいし。スケジュール調整大変。(←逃げ)

・講座費に、新幹線代にホテル代に…こんなにお金かけて大丈夫?(←罪悪感,不安)

・心理学をわざわざ勉強するなんて、、変な人と思われる?(←人目を気にする)

 

うわぁ、お恥ずかしい(笑)けど、そういう心境でしたね、当時は。でも、知りたかったんです。ただ「あっち方面に、何かある」
その期待を、言葉にできない自分の予感確信とを裏切らず、新しいフィールドに入っていった、当時の絶不調で必死だった自分を、今は大いに労ってやりたい気分です。そうそう、そっちそっち!「いのち」の躍動する方へ!てね。


やっぱり書籍やメルマガだけでは本当のスタートは切れなかったですね。なので、先生の書籍に出会ったのは2010年、メルマガも2012年から読んでいますけど、対面で、名越先生から直接何かを学び出した2013年が本当の「心に関する学び」「自分で自分の人生を生きること」のスタートになったと、振り返って思います。
それからは、関西でスタートした相愛大・公開講座を中心に、福岡はもちろん、各地の講座や合宿などに顏を出しつつ、現在に至っています^^

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◆ 生きた学びを、対面で

さて、名越先生の講義は、どの講座でもそうですが、カリキュラムがありません。
入門編みたいな段階めいたものもテキストも無くて、いつも「先生ご自身が今まさに掴んでおられること」を、生身の身体で、真剣勝負で全力で伝える、ライブ感満載な講義です。(※最初それに戸惑われる受講生さんが沢山おられるのですが、、、そんな方は、ぜひ体癖カフェへ笑。名越心理学の入門に、ほんとちょうど良いですよ~!←宣伝)

「生きた智慧」の凄まじさを知っていること。このことは、私の人生において、とんでも無く大きな、大切なギフトになっています。

 

◆ 「学び仲間」と、本当の「対話」

それから、名越先生の講義では大抵、講義後に「茶話会」を開いてくださって、先生とも他の受講生さんとも会話ができる機会がたくさんあります。そのことの意義は、先生ご自身が色々な所で書いておられる通りですが、一方通行の「勉強」ではなく、そこには本当の「対話」「智慧と気づきの宝庫」がありました。

そう、名越先生の講座をきっかけに知り合った、関西・東京・福岡、、全国の学び仲間さんの存在は本当に大きいなとあらためて思いますねー^^
例えば体癖論に限ったことで言っても、もし、たった1人で「勉強」をしていたら、

・体癖ね、はい。この人はこんな性格で。・・・・で?
・体癖診断って難しいね、はい。この人は何種体癖で。・・・・で?


…と(笑)、そう(知識を物のように吸収するだけに)なっていてもおかしくありませんでした。それを、あーでもない、こーでもないと、その背景や、意義や、意図するところや、実生活とのつながりや、人間存在の真理に関わることを、延々と本気で語り対話を深めてきた学び仲間の存在に、実際、かなりの部分で救われ、癒されて来ました。「善友」「畏友」を持つことの意義は、名越先生の著書や仏典や…を、あらためて紐解くまでもありませんよね。
(ここ最近企画している私の講座が、「対話」型のワークショップだったり講義が多いのは、このへんのこととも繋がっています☆)

あ、そうそう!
2013年に決死の覚悟で初めて参加した福岡・名越塾の日の夜も、茶話会がありました。そこで出会った学び仲間さん達(※今でも何人かの方とご縁があります^^)の1人が、相愛大の講座へ通っておられる皆さまにはおなじみ・長田岳大さんだったりしますー☆(一緒に相愛の茶話会のお世話係やっている方です!たけちん。
臨床心理士としての知見はもちろん、彼の温和さと、なんでも受け止められる器の大きさに助けられたこと、数知れず。。しばし一緒に名越心理学・基礎講座を開いていたこともあります(*'▽')♪ またたけちんとのコラボ講座も企画しますねー^^

…と、学び仲間さんは他にもたーーくさんいて、触れだすと超長文になるのでまたの機会に☆

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 ・・・と、こんな風に、学びの「場」と「仲間」に出会えたことが、徐々に「自分で自分の人生を生きる」感覚を取り戻して行く、大切な足がかりとなりました^^

今この文章を書きながら、随分「昔」のことのように感じる、ということも、また大きな発見でした。
どんな「どん底期」も人生の全てのことは流れていて、必ずまた上がってくる。そしてまた下がることも、ある。人生には、流れやフェーズがあること。

明確に、また新たなフェーズに入っているなーと感じる、2019年「心の中学1年生」の私でした!(このシリーズおしまい^^)