M.nagaoka’s notes

~ よく生き、よく歌う ~

いのちのレッスン

木曜の深夜(日付は13日)、
がん闘病の末、父が亡くなりました。

 

思いがけず、
最後の会話も叶わないまま昏睡状態になってから、
毎日が「いつ何時」という状況が
(これまた思いがけず)11日間続き。
最期の時も、
数時間前まで私も伯母達もいたのに、
(当たり前ながら思いがけず)
深夜に呼吸が弱り、
間に合った母だけに看取られて、
静かに眠るように旅立ちました。
(この日は夙川の自宅に戻ってて。
 タクシー飛ばしたのですけど、間に合わずでした~。)

・・・でも全て、本当~~~に、全部!
そうあるべきタイミングで
そうあるようにしてことが運んで行ったのだ
心底納得しているので、
なんというか、私自身に
「悔いなし!^^」ですし、
今そんなふうに思える自分として
このタイミングで父や家族と向き合えて
本当に良かったなぁ~と。

***


長年決して父娘として「良い関係」ではなかったですが
起き上がれなくなった父の口元に食事を運んだこと、
物言わぬ父の横で母といろんな話をしたこと、
意識が低下したことで
壮絶な痛みから解放され穏やかに逝ったことに
心底ほっとしたこと。

最後の思い出はしっかり残りそう^^
たくさんの「問い」と一緒に。


…って、そんな私の行為なんて、
あーまーりーにーも、一部分!
最期と、葬儀のこまごまのみ!(笑)

母の長らくのこまやかなお世話と支えに、
もう本当に、この人はすごい人だなぁーと。。
(そんな母に看取られた父、まじで羨ましいぞ!!)

 

***

 

死を見て、生を想う。

あまりにも濃密すぎる、だいじな
「いのちのレッスン」の時間でした^^

 

 

※仕事面で協力くださった皆々様、ご迷惑をおかけしましたm(__)m。。
そしてずーっと状況を一緒に感じとってくださっていた
講座仲間皆々さま、お心遣い本当にありがとうございました!

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色々ありすぎたし考えまくったので、
これからゆっくり消化してゆきますが
忘れないようにメモ!

 

・「いつ何時」は、いつも誰しも、そう。
・死生観、霊性を見ずしての「ライフデザイン」はあり得ない
・痛みの最中。死にたいも生きたいも、どっちもあり。
・安楽死させたくなる・殺したくなる気持ちも、あり。(実際しなくても)
・誰の満足で、誰の選択か?
・生き死にの際(きわ)で、体癖心理は純粋に発露する
・晩婚が進んでる=若者たち、早めに親の死を経験する。何ができる?
・宗教と「完全なる正解」の感覚を分ける。
・「清めの塩」は最近しない=清濁の境界も移ろうもの。
・母のいない世界を生きる覚悟を。

*済生会兵庫県病院の担当くださった看護師さん皆々さま、こまやかな行き届いた、そして心の通ったケアに感服いたしました。。父はもちろん、母ともども心から感謝しています。ありがとうございました!